代わり映えしない日常

平々凡々な日々の覚書

今更ですが、マルハラ。

少し前に「マルハラ」について、各種情報番組が一斉に特集組んでましたね。

若者はメッセージアプリなどで「。」を最後につけられたら威圧感とか不安感を覚える、とか。

私の周囲に若者がいないので、そうなの? という反応しか返せないのですが、お年頃のお子様をもつ友人・知人たちからのメッセージを見直したけど、みんな「。」使っているしな。

相手によって使い分けているのなら、みんな細かいな(笑)

 

私がマルハラについて詳細を知らずに、最初に思ったこと。

「教科書とか、小説、ネットニュースとか読んでも怖いんやろか?」でした。

今も完璧に理解しているわけではないんだけど、メッセージアプリやSNS限定でいいのかな。

得意先へのビジネスメールはどうしているんだろ、とか気にはなるかな。

 

ちなみに私はSNSとメッセージアプリでは「。」をつけない派です。

単純にSNSでは「。」が文字数にカウントされるから。

メッセージアプリでは「。」を打つのが面倒くさいから。

特に文字数は大切よ。

つい長文になる人間には。

 

ビジネスメールとブログは「。」入れますね。

文章の読みやすさに句読点って大切だと思っています。

特に読点。

読点の入れる位置が自分の読むリズムと違っていたら、読む気力がなくなるのよね。

私の場合。

小説家・文筆家・記者などと呼ばれる、書くことがお仕事の人の文章はリズム良く読める方がほとんどなので、本当にすごいなって思います。

たまに相性の悪い方もいますけど、それは好み。

 

今はマルハラとか言っているけど、時が流れていくとまた違うことが出てくるんでしょうね。

私が若者であったころは、親世代に何か言われていただろうし、若者世代も何かを言っていたんだろう。

今みたいにネット社会じゃなかったから、大きく表面化していなかっただけで。

まぁ、気にしないことが一番よね。

全世代、良い意味でのスルースキルは身につけた方が良いと思う。

ドラマのようだと思った瞬間

お題「これまで生きてきて「死ぬかと思った」瞬間はありますか?身体的なものでも精神的なものでも」

 

はじめて「お題」で記事を書いてみようと思います。

私の場合、「死ぬかと思った」じゃなくて「死んでいたかも」なんですけどね。

 

数年前、卵巣のう胞が酷くて右卵巣の摘出手術をし、無事退院。

だいたい退院から1~2週間は自宅療養をする人が多いらしいのですが、繁忙期だったのもあって、私は土日含めて3日で会社へ復帰。

今思えば、無茶なことをしたものだと思います。

退院からちょうど1週間後、私は職場で倒れました。

意識はなんとかあるのですが、話をするのも無理な状態で、人生2度目の救急車のお世話になりました。

救急車って乗せられて、体温や血圧を測ったりするのですが、何度も何度も体温を測られました。

後で確認したら低体温で体温が測れなかったようです。

ようやく測れて「35.2℃」って救急隊員さんが叫んだのをよく覚えています。

 

退院した病院に1週間で再入院。

検査結果は残した左卵巣からの大量出血。

一晩様子を見たものの出血は止まらず、むしろ増えているような状況だったため、止血の為の緊急手術となりました。

閉じかけている傷口をまた開くのか、と思うとなかなか憂鬱です。

しかし仕方ない。

止血の為の手術に臨みました。

 

術後、手術室で目覚め、ぼんやりとした頭で前回と同じように「ナースステーション前の個室で一晩療養して、大部屋に移動ね」と思っていたら、病室へのコースが違う。

前回はエレベーターを使ったのに、今回は平行移動しかしていない。

なぜ?

そしてちょっと狭くて、圧迫感のある個室に入室。

ベッドに移動、両手に点滴、心電図に酸素マスク。

見えないけど枕元からは機械音っぽいのが聞こえる。

ここ、どこ?

看護師さんが複数人で私のケアをしてくださる中、執刀医が入ってきて説明をし始めようとしたんだけど、その執刀医を後ろから押しやって母が泣きながら私に向かって叫んだのです。

 

「あんたっ! もう少し遅かったら死んでたかもしれへんねんで!」

 

後日、心身共に落ち着いたころに、主治医や執刀医、看護師さんたち、そして家族から聞いた話を総合すると、予想以上に大量出血をしていて輸血しないといけない状況。

止血後、各内臓を確認していたら小腸が1ヶ所壊死しているのを発見!(産婦人科医、見つけてくれてありがとう)

急遽、外科医を呼び出し、産婦人科医から外科医に執刀医が変更し、小腸を一部摘出(総合病院に入院していてよかった)

ついでに腹膜炎も起こしていたそうです。

まぁ、いろいろ大変だったようですが小腸に穴が開く一歩手前で手術が出来たので、私は生きながらえたそうです。

術後の家族への説明で外科医は、穴が開いて腸内のものが腹腔内に飛び出していたら救命する自信はありませんでした、と言ったとか。

 

術後、最初に入った個室はHCUだったと知り、すごく大事になっていたんだなって他人事のように思いましたね。

母の叫びも状況把握が出来ていないし、目覚めてすぐだったから、そうなんや、くらいにしか思わなかったし。

自分自身のことなのに、他人事のようにしか思えなかったし、今もリアルさはないんですよね。

ただ何度思い出しても、母の叫びや行動が「ドラマみたいやな」と思うですよね。

 

私の弟も死んでいてもおかしくない交通事故にあっているので、両親にしたら堪らないだろうなとは思いますね。

子供を二人とも失っている可能性があったってことがね。

 

余談ですが、弟が事故で運ばれた病院は某医療ドラマの監修を行った病院だったので、ICUに入った途端「ドラマと一緒や!」と思った思い出。

お祓いに行くべきか その3

お祓いに行くべきか その2 - 代わり映えしない日常 の続き

 

午後3時を過ぎた頃でしょうか。

長い昼寝という名の不貞寝から目覚め、ゴロゴロとしていました。

すると来客を告げるチャイムが鳴りました。

我が家は来客が多い家でもないし、家族の誰かが通販を頼んでいたとも聞いていない。

考えられるのは妙なセールスかと思い、ゆっくりと玄関へと向かいました。

玄関ドアを開けるとそこには一人の男性。

見覚えは全くなく、セールスっぽくもない。

どちら様? と問う前に、相手が話し始めました。

 

「すみません! こちらの車をぶつけたの僕です!」

 

おっ! 私は確率の低い幸運を引き寄せたようです。

男性は私から見てもわかるくらいオドオドと震えていました。

本人曰く、深夜に事故を起こし怖くなって逃げました。

でも謝らなきゃってずっと思っていて、ホンマにすみません。

保険会社には連絡しているんで、全て保険で修理させてもらいます。

あと、飲酒運転はしていません! とのこと。

 

正直、そうですか、というくらいにしか思いませんでした。

深夜に我が家のチャイム鳴らすのは怖かったかもしれないけど、とりあえず警察には連絡しようよ、とか。

ホンマに飲酒運転と違うの? 事故から15時間以上経って謝罪に来られても飲酒の証明は出来ないしなぁ、とか思いました。

男性に対して怒りなんて全然わいてこず、これで我が家から持ち出し無しで修理できるし、私の保険も使わなくて済む、というくらいの感想。

冷静というより、冷めまくっていました。

 

男性とお互いの連絡先を交換し、男性には警察に行ってもらいました。

内心、警察に行ってもらうより、警察に電話して直接来てもらう方が話が早いよなって思ったのですが、なんで私が動かないとアカンねん、と思ったんですよね。

めんどくさがりなんです。

 

男性が去ってしばらくすると地元警察署より電話が入り、男性と警察官が来訪。

警察官はシフトの関係で朝と違う人でした。

もう一度最初から説明になるかな、と思ったけれどもデータの共有は出来ていたみたいなので、私はすぐに放免されたのですが。

ひとりの警察官がそそっと近寄ってきて話しかけられました。

 

「ちょっと聞くんやけど、1年ほど前に事故ってません?」

 

うわぁ! 知ってる人が来たー!!!

そうなんです。

実は約1年前の令和5年3月に飲酒運転の人に車を壊され、自宅に穴をあけられたのです。

あれも深夜12時過ぎ。

自宅駐車場に車を止めていただけなのに・・・。

あの時はたまたま近くにいた見ず知らずの青年たちやご近所さんのお力を借りて、警察に速攻通報。

当事者は酔っぱらい過ぎて、ふらふら&くにゃくにゃ、発言は意味不明。

大勢の警察官に怒られながら、連れていかれました。

どうやら午後から来られた警察官はその時の対応をしてくださったうちのお一人だったようです。

 

「1年に2回ですか。大変ですね」

「ホンマにね。車を置く位置、変えたんですけどね。何が悪いんでしょうね」

 

笑うしかない私。

警察官に心底同情され、後のことは全てお任せして、私は自宅内へと戻りました。

次に私がすべきことは、保険会社代理店の担当者に連絡すること。

私の保険を使う必要がなくなったのですから。

 

1年に2回も車を破壊された私。

当分、厄年とは縁遠いはずなんだけどな。

私に降りかかってくるはずだった厄を、マイカーが代わりに引きうけてくれたのかもねって友人たちに言ったら、そうだねって言ってくれる友人もいれば、2度あることは3度あるかもよ、と言われるし。

お祓いに行くべきか、結構真剣に悩んでいます。

お祓いに行くべきか その2

お祓いに行くべきか その1 - 代わり映えしない日常 の続き

 

休日の朝から警察に連絡し、一仕事を終えたものの、それですべて終わったわけではなく、今度は修理のことを考えなければなりません。

相手がわかれば、相手の車の保険で全て修理してもらうのですが、期待薄だろうなと思って動く方が現実的です。

 

ブロック塀の修理に関しては、自分の職場にお願いするつもりです。

現況の写真を撮り、LINEで社長に現況報告。

修理内容や見積については、平日に職場で相談することに。

 

そして車。

購入から8年目。

修理するのが安いのか、思い切って買い替える方が良いのか。

そんなことを悩みつつ、自分が入っている保険の代理店担当者に電話。

「向かいまーす」と明るく言ってくださったんだけど、車を見て絶句(2回目)

担当者に状況説明して、さぁ、どうしましょう。

相手が見つかるかわからないので、相手の保険は使えない可能性の方が高いですよ。

ということで、とりあえず私の車両保険で修理をしましょう。

どう見ても私に一切の非がないのは明らかなので、車両保険を使っても等級は上がりません(そういう特約に入っていたらしい)

そして相手が見つかったら、修理代を払っていただきましょう、という結論に。

後は担当者がこれでもかっ! というくらい写真を撮りまくってくれました。

これでようやく車を動かせます(現状維持を貫いていました)

エンジンは問題なくかかったので、アクセル踏んで車止めの前に移動、なんだけどガリガリガリという大きな音。

前のタイヤが押しつぶされて割れたボディにあたって、嫌な音を立てています。

これ、自走出来るけど絶対に自走したらアカンやつ。

担当者が自動車整備会社と調整して、翌日以降に代車の準備とレッカーでの移動となったので、なんとか一つ目の大きな山を越えました。

 

心身共に疲労度MAXです。

お昼ごはんの準備もしたくない。

食料品の買い出しにも行かないとダメなのに、脳が酸欠状態でポヤポヤして何も考えられない。

ということで、いろんな予定をリセットして近所のスーパーに最低限の買い出し。

料理は超手抜き。

というか、お弁当やお惣菜、冷凍食品万歳ですわ。

午後からは完全に現実逃避。

友人たちとのグループLINEで愚痴り、その後は昼寝という名の不貞寝をしていました。

 

お祓いに行くべきか その3 - 代わり映えしない日常 へ続く

お祓いに行くべきか その1

いろいろあった2月。

まだ終わっていないけど、さすがに疲れた。

全て投げ出したい。

そんな心境です。

 

お仕事関係は今年から完全週休2日制になったので、体力的に余裕が生まれ、睡眠不足も解消しました。

そうすると心の余裕もでき、心穏やかに仕事が出来るようになったのです。

イライラしなくなったし、仕事もはかどるし、本当にありがたい。

適正なお休みって本当に必要ですよね。

 

ですがプライベートがバタバタしております。

深夜、自宅の駐車場に車を止めているのに事故にあうなんて!

 

令和6年2月某日、朝。

気持ちよく眠っていたのに、家族に叩き起こされました。

自宅敷地内の駐車場に止めている私の車が壊れているのです。

他にも入口のブロック塀が壊れていたり、門灯が衝撃の勢いで浮き上がっていたりしていました。

後ろのタイヤが、片方は車止めブロックを乗り越え、もう片方は車止めブロックの上に載っていました。

 

・・・どんな勢いでぶつかったんだよ。

 

ぶつけた張本人も車もなく、完全に当て逃げされました。

とりあえず警察に連絡。

緊急性もないし、110番するより地元の警察署に電話しました。

10分ほどで2人の警察官が到着。

電話では当て逃げされたとしか言ってなかったので、現状を見て絶句されてました。

その後は写真を撮ったり、車の塗料の破片や相手の車の物であろう欠片などを採取。

私から事情をきいたり、私の免許証や車の車検証、自賠責保険の確認をされました。

そして私の車のドラレコのデータ確認。

私のドラレコ、駐車中でも車が衝撃を受けた場合、前後数分間自動録画する機能が付いていたはず。

警察も期待しています。

「・・・あの~、衝撃を受けたら録画する設定が解除になってます」

「ということは・・・?」

「録画されていないですね」

 

オーッ! ノーォォォォォ!!!!!

 

つまり私のドラレコは走行中のデータしか録画されていないわけで・・・。

ドラレコがちゃんと設定されていれば、当て逃げした車のナンバーとかわかったのにぃぃぃ。

警察官のお疲れの表情が忘れられません。

我が家には防犯カメラはつけていないし。

こりゃダメか、と思っていてもさすが警察。

我が家の近所のスーパーと自動車販売店には防犯カメラがあるから、確認してくれるそうです。

あとご近所さんが防犯カメラを設置しているかどうかも。

ありがたいです。

ついでに我が家も防犯カメラ設置した方がいいよ、とのアドバイスを受けました。

必要性は感じるんだけど、なかなか思い切りがつかないですね。

 

警察官の方たちと車の前で話していたので、ご近所さんたちから丸見えの状態です。

すると一人のご近所さんがやってきました。

「あの~、深夜12時25分ごろ、すごい音がしましたよ」って。

警察官と私、マジで!? って叫んじゃいました。

ご近所さん曰く、寝ようとしたらすごい音が聞こえて事故かと思ったんだけど、パトカーや救急車の音も聞こえてこなかったので、違うのかなと思ったそうです。

ただ気になったので、時間だけは確認したことのこと。

一気に事故の時間が狭まりました。

防犯カメラを確認するにしても、確認する時間帯が限定されたことによって余計な手間が省けます。

そしてご近所さんの証言により、私も警察官も、もちろんご近所さんも確信したのです。

飲酒運転やろな、って。

そしてもう一つ、名乗り出てくる可能性はほぼゼロだろうな、って。

 

今、出来ることは全て終えたので、警察官もご近所さんも帰って行かれました。

私は事故の相手はほぼ見つからないだろうと覚悟し、ブロック塀と自分の車の修理について動き始めることにしました。

 

お祓いに行くべきか その2 - 代わり映えしない日常 へ続く

SNSの乱立、そして住み分け

Blueskyが招待制を廃止し、オープンになりましたね。

私はお友だちからの招待を受け、去年の9月から利用しています。

X(旧Twitter)が怪しかった時期に「招待するよ」って言ってもらえたので、緊急避難用にアカウントを作成。

仮運用中なので、ほとんどつぶやけていません。

思い出したかのようにたまに見に行って、お友だちのつぶやきを確認して帰ってくる、といった感じでしょうか。

しかし招待制が廃止となり、新規の方が増えたおかげで「こんなことが出来るよ」とか「こんな便利な機能があるよ」という親切なつぶやきをいくつか確認し、それに従って設定変更をしてきました。

 

・・・あっ、これ楽しいかも

 

新しい発見をした時って楽しいですよね。

私の使いやすいように設定して、使いこなしていきたいものです。

けど、招待制であるが故の閉鎖感があって、Xではつぶやきにくいことをつぶやいたりしていたのですが、今後はちょっと考えないといけませんね。

何をメインでつぶやくかはまだ決めていません。

 

メインSNSはやはりXですね。

Twitter

不穏な情報が飛び交ったので、避難先はいくつか確保しているものの、最終的にはここに戻ってきてしまう。

困ったことです(笑)

基本的には情報収集をメインにしていて、それによってアカウントも使い分けている感じでしょうか。

サブ垢も作っていますが、ほんとに情報収集だけでつぶやいていませんものね。

アカウントを削除しようかと悩みをしたものの、やはり情報が早いんですよね。

新年の震災関係では本当にお世話になりました。

ただフェイク情報もあるので、つぶやきの取捨選択能力は必要ですね。

 

最近はあまりつぶやけていないのですが、タイッツーもアカウント取得しています。

あの穏やかな空気はいいですね。

一時はこちらをメインにしようかと思ったのですが、ぬるま湯過ぎてつぶやくことがない(笑)

ギスギスしていないタイムライン。

気軽にいいねを押せるし、押してもらえる。

「お風呂入ったよ」とか「家事したよ」とか。

みんながいいねしてくれるんですよ。

いろんな意味でハードルを低くしてくれる。

そして見つけちゃいました、ダイエット部のタグ!

年始から食べ続け、全然減らない体重。

このタグを使いながら、つぶやいていけばダイエットも続くかも。

という淡い期待と自分への発破をかけて、ダイエットに特化して使ってみようかと思っています。

 

他にもInstagramやthread、読書メーターなども使ったり、辞めたり。

面白がってアカウントを作るも、長く続けようと思うと難しいですね。

いずれ整理しないといけないんでしょうけどね。

マイペースにいろんなところでつぶやくことにしましょう。

 

怒涛の1月

令和6年1月が終わりました。

新年早々、大震災に航空機事故。

今年はどんな1年になるのだろう、と不安な気持ちになりました。

 

そんな中、報道されたおめでたいニュース。

KinKiの剛くんとももクロ夏菜子ちゃん、ご結婚!

推しの一人が嫁もらったぞー!!!!!

SNSやネットニュースを見ていても、お祝いの言葉がいっぱいで読んでいるだけで笑顔になってしまいます。

もちろんショックを受けたファンの方たちもいると思うんですよ。

でも私個人としては、本当にうれしかった。

年を重ねれば重ねるほど思うのです。

婚姻の有無にかかわらず、無条件に自分に寄り添ってくれて、味方になってくれるパートナーの存在って良いなって。

そういう意味で剛くんが今後一人で悩んだり苦しんだりしなくていいんだ。

寄り添ってくれる夏菜子ちゃんという存在が出来たんだ、と思うとうれしくてたまらないのです。

 

そして月末。

また悲しいニュースが飛び込んできました。

漫画家、芦原妃名子先生死去。

ドラマ化にあたり数冊無料で読めた『セクシー田中さん』

暇だしなぁ、で読み始めたのに夢中になってしまいました。

既刊全巻大人買い

性別関係なく普段は心の奥底に押し込んでいる不安とか、生きづらさとかを優しく包み込んでくれて、あなただけじゃないよ、大丈夫だよって語りかけてくれる、そんな暖かい作品だと私は感じました。

見ていなかったドラマもギリギリTVerの見逃し配信で見ることが出来、あとは毎週録画して見続けていました。

コミックス7巻の先生からのドラマ化に関するコメントがあり、原作者がここまで力を入れて下さっているのなら安心して見れるとまで思っていました。

それがこんなに悲しい結末になろうとは。

 

先生のポストを読んで、先生が苦しまれていたこと、困惑されていたことを知って驚きました。

そして死去の報道。

なぜだよ! なぜ先生が死なないといけないんだよ!

くやしい! 先生がその選択を選ばざるを得なかったことが悔しすぎる!

 

今もネットでは言葉の暴力が飛び交っています。

あのドラマに関わったスタッフ、テレビ局、出版社、原作者という当事者の中にしか真実はなく、それ以外は部外者でしかないと思っています。

あたかも真実かのようなつぶやきを多々見かけますが、当事者でないのならそれはただの憶測でしかないと私は思っています。

たとえそれがほぼ真実を言い当てていたとしても、です。

部外者の強い言葉は、知らず知らずのうちに人を傷つけるでしょう。

こんな悲しみが増えないことを祈ります。

今になって言ってもどうすることも出来ませんが、先生が経緯を説明するのではなく、編集部か出版社が説明していただきたかったな、と私は思いました。

 

願わくば当事者たちが集まり、今回のことに至った経緯を明らかにし、検証・反省し、改善し、次へと進んでいっていただきたいと思います。

 

最後に「セクシー田中さん」が未完となったことが本当に悔しいです。

先生が考え、描きたかった「セクシー田中さん」を最後まで追いかけたかったです。

ご冥福をお祈り申し上げます。